妹たちは車で出かけてしまっていたが、
行き先は間違いなく近所の大型スーパー。
俺は50m走7.8秒の自慢の脚力で走り出した。
…………平均とか言うな。成長期なんだ。これから、伸びるんだよ。

「んっ?」

近道のために南十時通りの裏を抜けようとしたところで、
大きな物音が聞こえて立ち止まった。
不良の争いだろうか。絡まれたら嫌だなぁと思いながら
物音を立てぬようそろりそろりと忍び足で裏道を進む。
高架下の空き地が見えてきたところで、それが不良の争いなどではないことが見て分かった。

「来るなよっ!! くそっ!!」

俺とそう年の変わらぬ青年が一人、犬の群れに襲われていたのだ。
ただの犬じゃない。グールだ。
目玉とか肉とかが腐り落ちて非常にショッキングな見た目である。

しかし、屍の犬どもが青年一人を取り囲む状況に、俺ははて?と首を傾げる。

地の王の眷属、ベヒモス等の子鬼どもはまだしも、
俺の眷属たちは遊びで特定の人間にちょっかいをかけるような性質はほぼ無いと言っていい。
知性が低いと言えばそれまでだが。奴らは総じて存在するだけだ。
存在するだけで、空気に菌を撒き散らし。水を腐らせ。
何もかもを汚染し周囲の生き物を蝕んでいく。そういうやつ等だ。
見たところ、囲まれている青年は祓魔師でもないただの人間だ。
余計に、何故ああも積極的に集団で襲われているのか見当がつかない。

しばし迷った末に、俺は足元に落ちていた廃材を掴み、犬どもの輪に突進した。
生きた人間がグールに食い殺されるようなリアルバイオハザードは見たくない。
ホラゲー嫌いなんだ。間違いなく、トラウマになる。

一番近くにいたグールの頭を思い切り殴り飛ばし、俺は青年の前に飛び込んだ。

「すげえ状況だな! 助ける!」
「……っ! ありがと、助かる!」

いきなりの俺の乱入に、青年は目を白黒させていたが、すぐに立ち直って襲ってきた犬を蹴り飛ばした。
随分場慣れしている。もしかしたら、これが初めてではないのかもしれない。
お互い、背後を襲われないよう自然とポジションが背中合わせになる。
青年の視界から俺の姿が完全に外れたのを確認し、グールたちに向けて俺は思い切り歯を剥き出した。

『貴様ら、誰に楯突いているのかわかってんのか、あ゛あ゛ぁぁ?!!!』

絶対的な、腐の王による直々の威圧。
効果は素晴らしく、俺を今にも襲わんと前かがみになっていた彼らは目に見えて狼狽しはじめた。

俺が王である限り。グールどもが俺の眷属である限り。
こいつらは決して俺の命令に逆らうことも、まして牙を向けることもできない。
自由奔放、無法地帯な虚無界において、
串刺しクソヤロウの魔神様が定めたこの階級差は数少ない絶対遵守の『法』なのだ。

立ち竦んだ目の前の一匹を容赦なく殴り倒し、
背後の青年に感づかれる前にもう一度強く威圧した。

『俺の前に姿を現すな!! お前ら臭いんだよ!! ファブるぞ!!!』

除菌されるのを嫌がってか、俺の視界にいた犬たちは素早く逃げていった。
逃げた先でほかの人間に迷惑をかけないか心配になったが、
ここは一応天下の正十時騎士団のお膝元なので、まあ、大丈夫だろう。
俺は、青年の方を襲っている犬どもにも同じ命令をしようと振り向いて、後悔した。

「ったく、何なんだよ、こいつらぁぁああ!!!」

青年は奮戦していた。
元々不良だったのだろう。力強い動きで、グールの犬どもをばっさばっさと殴り倒していた。
ちらりちらりと青い炎を纏って。

青い炎を纏って。




嫌になるほど見慣れたその青色に、俺は目を細めて見入ってしまった。

懐かしい色だ。
ほんの数年前まで、串刺しになりながらあの炎で炙られていたのだ。
腐属性に炎って、もうそれだけで効果は抜群だからね。
魔神の青い炎とか即死だよね即死。何回死んだっつーの。
トラウマすぎて今でも焼き鳥食えねえからな、俺。

………………………さてと。




「ワンッ、ワウゥゥウ!?(アスタロト様!?)」



追い払ったグールを追い越す勢いで、俺は一目散に逃げ出した。











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