「お兄ちゃん、ただいま!」

藤本の鬼畜契約成立から大して待つこともなく、家族と雪男は戻ってきた。
お兄ちゃんとは違って、妹は晴れ晴れした表情である。
きちんと、話は聞いてもらえたようだ。

鬼畜眼鏡の話によると子供の霊障は
正十字教会に寄せられる相談ごとでもトップクラスの割合を占めており、
その分解決策や対応はテンプレになっているらしい。

「お兄ちゃん、雪男お兄ちゃんがイタズラされないおまじないをくれたの!」
「へー、良かったな。可愛いじゃん」
「雪男お兄ちゃんがくれたの」

妹は悪魔よけのクローバーのペンダントをきゅっと握りしめ、
雪男に太陽のような輝く笑顔を見せつけた。
それが雪男の個人のプレゼントではなく教会から支給されているものとはわかっている。
わかっていても内心の嫉妬を包み隠さず俺も雪男お兄ちゃんを睨みつけたわけだが、
当の本人は真面目な仕事モードで藤本神父と何やら話をしていた。

俺が悪魔云々はバラされるかと冷や冷やしたが、
神父はあんな鬼畜使用のくせに言ったことは律儀に守るようで、こちらの正体を口外することはなかった。

「なあに、ちょっと息子の友達と親交深めてただけだって」
「もう、仕事中に君がどうのなんて電話してくるから何事かと思ったよ」

胡散臭い笑顔で神父が笑うと、誤魔化し耐性のある雪男は真偽を確かめるように俺をじっと見た。

「い、いやさ、サプライズにしようと思ったんだけど、俺、正十字学園に通うんだ。雪男と一緒で」
「え、そうなの」
「なのに藤本さんにうっかりバレちゃってさ、この人ったら面白がって困らせにくるんだもん」

雪男が納得しかけている後ろで、俺が慌てながら説明する姿をにやにや笑う鬼畜野郎がいた。
何でこいつが聖職者なのか一日かけてもいいので問いただしてみたい。


結局、また悪戯をされたら教会に連絡するということで話は落ち着いた。
素直に家に帰ったもののむかつきは消えなかったので、ネットの某大型掲示板に
神父(仮)の悪行三昧を書き込んでやったが即刻削除された。正十字教会まじ怖い。






それから数日とたたぬうちに、俺の携帯に藤本から電話がかかってきた。(教えた覚えはない)
人を下僕扱いしやがった鬼畜がどんな無理難題を押しつけてくるのかとびくびくしたが、
用件は妹のことだった。

妹の目撃証言とノートの噛み跡を鑑定した結果、地の眷族、中型のベヒモスだと特定されたらしい。

「ベヒモスは好奇心が強いから、人間にちょっかいを出すのは珍しくもない。
 が、特定の一人にここまで執着するようなことは滅多にねえんだけどな」
「俺がおびき寄せたって言うのか」

藤本は肯定も否定もせずに黙った。心外である。
正体が悪魔というのは変えようのない事実であるけれども、
俺の軸は真っ当な人間そのものだ。
ご近所ではそれなりに「しっかりもので家族思いのお兄ちゃん」で通ってるぐらいだ。

「ともかく、俺もしばらくは忙しいからお前、妹ちゃんが狙われないよう見張ってろよ」
「忙しいって、ほっぽりだす気かよ。うわあ、何が市民のための正十字教会ですかー?」
「……お前が壊した悪魔除けの結界、きっちり弁償するなら忙しくなくなるんだけどなー」

電源を切った携帯をベッドに投げつけて大きく伸びをした。
俺は何も聞いてない。
気分転換にテレビゲームでもしようかとリビングに降りると、
妹と母さんが出かける準備をしていた。

「買い物?」
「ええ、ちょっとスーパーに行ってくるわね」
「俺も行くよ」

藤本に言われたとおり、できるだけ妹の外出には付き合ってやった方がいいだろう。
あと一週間もしたら新学期で俺は、全寮制の正十字学園に入学するわけだし、
家族と最後のひと時を過ごしたいという思いもあった。
しかし、予想もしていなかったところから反対の声が上がる。

「お兄ちゃんは来ないで」
「えっ」

まさか、まさかの妹からのガチ拒絶である。
『恥ずかしいからついて来ないでよー、お兄ちゃんったらー///』なんて温いツンデレではない。
俺の動揺も知らんぷりで、妹はそそくさと自分の荷物をまとめて母の手を引いた。
しかも母さんまで、あろうことか、

「ごめんね、留守番お願いね」
「ええっ!?」

まさかの母妹による庭内ハブ。今までになかった事態だ。
俺が呆然と立ち尽くすのもおかまいなく、無情にも家のドアが閉まる音が耳に届いた。
マジで、俺を避けるように逃げられてしまった。


力つきたようにソファに倒れ込む。
学校や周囲の誰がどんな悪口や悪辣な態度にも凹まぬ図太い神経も
身内の意地悪には耐えられない。
教会に行く前はそうでもなかったのに……悪魔とばれて距離を置かれているのか?

「……っく」

それとも、俺に隠したい相手に密会しているとか、
例えば、二人のお気に入りの雪男くんとか。
あっちの方がお兄ちゃん(息子)だったら良かったのにーとか、考えてたら。

「くっ………くくくくくっははははははは! ねーわ、それはっ」

それはあり得ない考えだった。
あり得るあり得ないの前に、「許さない」
俺の鬱モードに反応してじわじわと増殖を始める魍魎を一掃し、飛び出すように家を出た。




BACK  NEXT