俺はとある会社のとある部署でプログラマーとして働いている。 ネットでは散々叩かれてブラックの烙印を押されてはいるが、 十年も勤めていればそれなりにやりがいだって出てくるもので、堅実に出世の道を進んでいる。 しかしだ。そんな俺にも勿論悩みもある。 時間外労働についてはいつも悩んでいるが、それに加えて最近、よく幻聴が聞こえるようになったのだ。 頭の中で子どもの声が木霊する。 時に弱弱しく、時に絶叫するように、 『助けて』 と。延々と。 その他に異変は無い。 食欲不振も睡眠不足の気も一切見当たらない。 不思議だよなあと古い友人に酒の席で愚痴ると、彼は呆れたような顔で呟いた。 お前、それはノイローゼじゃないのか。 「ノイローゼ、か」 一人っきりになった深夜の会社で、俺はぽつりと呟いた。 「時間厳守」と張られたポスターの上にある時計は、深夜の二時を指している。 終電はとっくに逃したが、どちらにしろ仕事が片付く気配は無いので今日は徹夜だ。 ……そりゃあ、これだけ仕事に追われればノイローゼの一つや二つ、なってもおかしくはない。 そうか、俺はノイローゼなんだ。 自分の異変を言葉で定義されると、すとんと何かが落ち着いた。 『たすけて、たすけてたすけてたすけてたすけてたすけて』 頭の中ではまた子どもの声が響き渡る。 最近、この声の頻度が多くなった気がする。そうか、疲れがたまっているのか。 不思議だった現象だが、これもあくまで自分の内から湧き上がる声。ただの幻聴だ。 俺は眠気覚ましの苦いだけのコーヒーに口をつけて、しみじみとため息を吐いた。 ……確かにこの仕事から助かりたい気持ちはあるのだが、これは少々煩すぎる。 だから、俺はやけくそ気味に言ってしまったわけだ。 「助けてやるから、少し黙れ。むしろ、俺の代わりに仕事してくれ」 子どもの声が、止んだ。 視界が真っ白に眩み、俺は瞼を強く閉じて手で押さえこんだ。 次の瞬間、頭に激しい衝撃を受けた。 えぐるような痛みに、俺は状況を把握することも無く倒れる。 霞む目をこらし、状況を把握しようと首をよじる。 眼前には、真っ赤なペディキュアをつけた女の足があった。 女の低い声が、雨のように降りかかる。 何を言っているのだろうか。俺は顔を上げて静かに女の音に耳を傾ける。 「死ね死ね死ね死ね死ね死ね、あんた何で生きてるのよ、死ね死ね死ね死ね」 ………………ノイローゼでも何でもいいから、職場に帰してください。 BACK ↑ NEXT |