「今日からみんなと一緒にお勉強をする山下くんです、仲良くしましょうね」

眼鏡のショート美人、小林先生はそろそろ聞き飽きた紹介とともに
俺を1年B組の面々の前に立たせた。

B組の生徒は総勢三十人弱。
そこに同じチームの圭介少年を見つけたが、あの野郎はふいと俺から視線を逸らした。
へいへい、かかわり合いたくねえのは知ってるよ。

「山下君の席は……円谷君の隣にしましょうか」
「はい!ここですよ」

円谷少年がピカチュウのように高い声で返事をした。
俺が近づくと、わざわざ椅子を引いて待ちかまえている。

「ありがとう。よろしくね」
「ええ、僕は円谷光彦。わからないことがあったら何でも聞いてくださいね」

後ろの席から女の子と男の子が乗り出した。

「私は吉田歩美!こっちは元太君!!」
「俺たちは少年探偵団なんだぜっ、あと、コナンと灰原もそうなんだ」

まくし立てるように更に後ろの席のコナンと灰原を紹介されて、俺は曖昧に相づちを打った。
施設の子どもはどうにも子どもらしくない奴らが多かったが、
あまりにも子どもらしい子どもも扱いづらいよな。
………正直に言おう。子どもは苦手だ。

「よろしく」

ガキ特有の騒がしいテンションに合わせられる幼さなど、
俺にはもう残ってないのだから。



休み時間になると、子どもたちは俺の周りに集まってここぞとばかりに質問責めを始めた。
圭介? あいつは完全に知らん振りさ。

「ねえ、山下くんはどこから来たの?」
「あ、山下じゃなくて山本って呼んでほしいな。あだ名みたいなものだから」

山下はここ最近ワイドショーを賑わせた名前だ。
そう珍しい名前でもないが、あまり連呼されたくはない。
そして何より、「俺」の本名が山本だということも大きい。
山下は何となく、すわりが悪く感じるのだ。

「あと、俺の出身は新潟なんだ。朱鷺メッセ、知ってる?」
「知ってますよ!新潟市にある新潟コンベンションセンター、通称朱鷺メッセ!
 2003年にできた大型の多目的ホールですよね」

円谷少年がウィキペディアで調べたかのような情報を可愛らしい声で答える。
今度、ピカチュウの物まねをしてもらおう。

「そうそう。あそこの展望施設から俺の家が見えるのが自慢。田んぼにぽつんと屋根の色が浮いてるからすぐわかるんだ、すごいでしょ」
「……すごいのかよくわからないけどすごい気がします」

おおっと、名探偵なコナン君がこちらを凝視している。
テレビを賑わせた山下君は大阪出身。
しかも物心ついてから全くというほど小さなアパートから出たことがないし、
新潟なんて行ったこともないだろう。

じゃあ新潟出身だと吹聴する俺は何者なのか。
もしもコナン君に問われればカッコよくこう答えるつもりだ。
「身体は子ども頭脳は大人、その名は……名サラリー山本!」と。
………語呂が悪いな。改良の余地がある。



さてさて、一年生の授業はたったの四時間授業。
帰りの会が終わってざわざわとランドセルを背負った子どもたちが
入り乱れるなか、ひときわ大きな声が耳に届いた。

ー、一緒に帰るぜー!」

恵美子が走ってきた。
俺は視線で圭介を捜しあてると、親しげに声をかけた。

「圭介も、一緒に帰るだろう?」
「やなこった」

うおお、さっさといなくなりやがったぞあの野郎。
恵美子も断られたことがあるのか、無理に誘う様子はない。
それどころか、B組の教室に何の躊躇もなく入りこんで俺の腕を取った。

「早く帰ろう。外は危ないんだから」
「お、おう」

虐待された、と秀助が言っていたのをふと思い出す。

まるで周囲には敵しかいないかのように、恵美子の目は鋭い。
俺の右腕を強く握りしめ、爪が食い込む痛み。
子どもは苦手だし、まして女の子ともなればどう接していいのかさっぱりわからない。


だけどきっと、この手は振り払わない方がいいのだろう。


「山本君、また今度、遊びましょうね!」
「ああ。円谷君たちもまたな」

恵美子の恐さにびびりながらも円谷少年は俺に手を振ってくれた。
……その背後で歩美ちゃんが羨ましそうに頬を赤らめながらこちらを見ているのは無視だ。
何を想像しているのかわかりやすいね。




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