懐かしい夢を見る。 待ち人が帰ってくると我慢も苦痛もなく信じていた、はるか昔の夢だ。 いつもの木の下で朱史を待つ。 今日は昼飯も食べずに出かけて行ったからとおにぎりを一緒に持って行って、 けれどいつまで経っても帰ってこない。 日が暮れる。真っ暗な夜道。 『すまない』 ほとんど物の影も見えぬなか、朱史の姿だけがくっきりと明りに照らされた。 どうして提灯なんか持っているんだ。それは、神社のものじゃないか。 嫌いだっただろ、あそこの化け物神社。 『朱史じゃない』 『……彼は力を使い切って、死んだ。君たちには、本当にすまないことをした』 これから、君たちの大切な家族は僕が守る。許さなくていい、一生恨んでいい。 そんなことを言いながら自分の手を取って家に連れ帰ろうとした朱史の手を、振り払った。 『俺は、帰ってくるまで待つだけだ……二度とその面を見せるな、狐野郎』 「あれー、じゃない。蝉生活やめたの?」 「……誰がだ。何が蝉生活だ」 町の祠で夢うつつに眠っていた犬面を、二人の少女が叩き起こした。 ここは彼女たちの縄張りだ。知り合いといえど、荒らされれば容赦はしない。 「いっつも木の上にいるんだから蝉でしょう」 「……」 犬面は寝ぼけた頭であたりを見回した。 そういえば、ここはいつもの自分の住処ではなかった。 犬面だって好んで少女たちの縄張りを荒らすつもりはなかったが、 如何せん、彼女らの言うようにいつも木の上にいるため知らなかったのだ。 「シンの偽物に襲われたんだよ、朝には出るからいさせてくれよ」 「うーん、どうする薙?」 「却下」 偽者話を既に知っていた少女たちは冷静だった。 大して強くもない犬面が襲われたのはかわいそうだとは思う。けれど、それとこれとは話が別だ。 犬面は祠から引きづり出され、鳥居の外に放り投げられた。 受け身もろくに取れずに地面に叩きつけられる。 「おまっ、一晩だけだって! 今は悪食の大発生で町もやばいのに、酷い!!」 「また食べればいいじゃない」 自分の髪をくるくると指にまきつけながら、朔は言った。 もう、犬面に興味はなさそうだ。 「今さら好き嫌いできる身分じゃないでしょ」 「あんまりうるさく吠えるなら、私があんたを食べるわよ」 この女たち、本気だ。 昔に一度だけ、味見のごとく甘噛みされた犬面にはわかる。 さっと顔色を青くして彼は素早く祠から逃げ去った。 シンの偽物や悪食も怖いが、朔と薙も同じくらいに恐ろしい。 その背中を眺めながら薙は白い息を吐いた。 こんな寒い夜に、木の上にずっと住んでいた犬面が良い寝床を探せるだろうか。 探せないだろう。 「朔はに冷たいわね」 「薙だって、そっけないじゃない」 再び静寂を取り戻した祠で、朔と薙は互いに顔を見合わせて頷いた。 犬面のなしたことを知れば、誰もがそう思うに違いない。 空環の町で朔と薙だけが知っている、身の毛のよだつおぞましい「食事」 「嫌いなわけじゃあないけど。あの子執念深いんだもの」 「あまり関わりたくはないわね、ああいう手段を選ばないタイプ」 いい加減、諦めてしまえばいいのに。 あやかしの少女たちは白みはじめた空を見上げた。 じきに夜が明ける。 BACK ↑ NEXT |