土曜の真昼間。商店街を歩けば友人や恋人たちと遊びに繰り出す同年代のガキどもがわんさかいて気が滅入る。
俺だってね、土日休日を友達恋人と意味も無く過ごしたい。
二回目だけど、おそらく三回目は無い学生生活なのだから。
だというのに俺の連れは母さんと妹。行く先は教会。全く青春の匂いがしない。
そもそも俺には友達も恋人もいない。詰んだ。

高校デビューでもしようかなあ。ピアスとかアクセとかつけちゃってさ。
元々の顔立ちがよろしくない印象なのだから、いっそイメージ通りの不良路線になれば仲間はできるかもしれない。
出店のシルバーショップをちらちらと覗きながら、商店街を抜けてしばらくオフィス街を歩くと、
数分もかからぬ内に高層ビルに囲まれた正十字教会に辿り着いた。
周囲がビルばかりなのでこじんまりとしたしょぼい雰囲気だが、
この正十字教会、よくよく見れば端の方に誰でも通り抜けられる英国風ガーデンやベンチなんてあったりして
灰色の都会をひっそりと彩るデートスポットになっている。勿論俺は誰かとここを通ったことは無い。けっ。

教会の正門には既に俺の見知った知人が待機していたようで、
俺は大仰に両手を振りつつ面白い顔を作って足早に駆け寄った。

「よう、久しぶり」
くんは相変わらず変わらないね」

元気いっぱいに変顔で挨拶した俺に、雪男は何のリアクションも返さず冷たく言った。
後ろにいた母さんと妹は、ほんのちょおっと俺より頭一つ分でかくなった雪男にきゃいきゃいしている。

「あらあら、雪男くん久しぶりね! 大きくなって、凛々しいわねえ」
「小学校の卒業式以来ですから。麻衣ちゃんも元気だった?」
「はい!」

何だこのアウェイな雰囲気は。
つか何故頬を染めているんだ、妹よ。
悔しいので、三人の間に無理矢理割り込んで雪男を睨む。

「雪男くん、立ち話もなんだから中に入ろうじゃないか」
「はいはい、わかりましたよ」
「お兄ちゃん子供っぽい」

つい数ヶ月前までお兄ちゃん大好きっ子だったのに、妹は最近リアルに冷たい。
悪魔だってね、傷つくんです。
やっつけてもやっつけても死なないゴキブリのような扱いされてるけど、意外と繊細な生き物なんです。

何やかんやで悪ふざけを止め、雪男を先頭にぞろぞろと移動する。
礼拝堂の入口に足を踏み入れた瞬間、俺は思わず驚きの声を上げた。

「うっわ」

教会の敷地内が外と何ら変わらなかったので気が緩んでいた。
ここは正十字騎士団管轄の祓魔師常駐の教会。
しかも神父は魍魎に容赦なく聖水をぶっかけた藤本だ。
悪魔避けの結界が無いわけはない。

これ以上変な呻きが出ないようにそっと喉を押さえる。
屋内は魍魎が一匹たりとも存在しない、清浄すぎて呼吸すら困難なほど清められた空間だったのだ。

「うん、きれいだね!」

俺の驚きを感嘆と受け取った妹がステンドグラスを見上げながら同意した。
先頭の雪男がこれは聖書のどういうシーンを絵にしたものでと説明するのを聞き流し、深呼吸で息を整える。
空気が薄い。いや、薄いというか、毒にすら感じる。

「では応接室に案内しますね。相談員の方が対応します」
「え、雪男お兄ちゃんは一緒じゃないの?」
「えっと、僕は案内ですから」

さっきまであれほどはしゃいでいたのに、妹は途端に口を閉ざして下を向いた。
ちょっとばかしカッコイイ雪男に会ってテンションを上げていたものの、麻衣の不安の根は深い。
何より、俺が言うのも何だが、妹は聡いのだ。
母が、父が、大人が、自分の言うことをきちんと受け止めていないのを悟っている。
相談員がどんな対応をするか、嫌な方向に考えているに違いない。

だから、俺はじくじくと痛む喉を引き絞り、優しげな声で妹に話しかけた。

「麻衣、兄ちゃんが付き添ってやろうか?」

正直、もう入口の時点で限界が近いが、妹の不安に比べたら何のその、
何時間でも相談に付きやってやろうじゃないか。
妹は俺の提案にぱっと顔を上げた。そして、雪男にも視線をやった。

「雪男お兄ちゃんがいい」
「ええっ僕!?」

妹よ、流石にそれは酷いぞ!
兄ちゃんの心の柔らかいとこをズッタズタに突き刺したぞ!!

俺はふてくされたように礼拝堂の長椅子に座った。座り心地は最悪だ。俺のテンションも最悪だ。

「雪男お兄ちゃん、付き添ってやれよ。ぷー」
くんにお兄ちゃんとか言われると鳥肌がたつよ。あと語尾が気持ち悪い」
「うるさいぷー、俺は帰るぷー」

悪魔だって拗ねることもあるのだ。
だが、雪男を選んだ妹が寂しげな目でこちらに訴えかける。

「お兄ちゃんも、一緒にいてくれなきゃやだ」
「……モンハンして待っててやるぷー」

最近冷たかったのにここでデレとは卑怯じゃないか。
八候王をキープ扱いするなんて、もはや人間の所業じゃないぞこの小悪魔め。

俺が本当にポケットからPSPを出したのを見て雪男は肩を竦めていた。
その動作が大人びていてよりむかつくが、特に何かを言うわけでもなく母さんと妹を奥へ案内していった。

ガタンと扉が閉まる音。途端、賑やかだったはずの空間が一気に静まり返り、
俺はゲームの電源をつけぬまま再びポケットにしまった。
待つとは言ったが、ここに居座る気は無かった。本当につらい。死にたい。
よろよろと長椅子から立ち上がり、出入り口に向かおうとすると、再びドアが開く音が聞こえた。

「あれっ、さんは?雪男は?!」

雪男たちが入っていった奥の扉から、一人の男が出てきた。
顔を見ただけですぐわかる。
丸眼鏡に黒づくめ、何より胡散臭い態度は三年経っても何一つ変わっていない。

は俺です。雪男と母さんと妹は、もう応接室に行きましたよ」
「おーおー、覚えてる覚えてるくん。でっかくなったなあ、雪男ほどじゃないが!」

さらりと気にしていたことをつっつきながら、藤本は水の入ったコップをお盆に乗せて持ってきた。

「いやあ、雪男の友達のご家族が相談に来るって聞いたから、まずはお冷やでもてなしたかったんだが。一足遅かったな」
「もてなすも何も、一つしかないじゃないっすか。誰が飲むかで微妙な空気になるよ!!」
「それもそうだ! おじさん年だから! おっちょこちょいだから! あっはっは!!」

何も面白いとこはなかったのに、藤本はげらげらと笑い続ける。
雪男の冷たいスルースキルは、この親父の下で培われたに違いない。
付き合ってられないと俺は笑い続ける神父を無視して礼拝堂を後にしようとするが、強く腕を掴まれ、引き留められた。
上背のある藤本が差し出したコップが頭上にある。俺に飲めってか?

「ま、俺はおっちょこちょいだからさ、」

手首を返し、コップを逆さにする。
俺の頭に、ばしゃりと水が被せられた。

「こういうことも、あるわな」
「あ、ぅぁ」

硫酸でも浴びたかのようにじゅわじゅわと髪が、頭皮が、顔が焼け爛れていく。
藤本は、自分の手にかかった液体をこともなげに服で拭いながら、笑った。

「安心しろ、ただの聖水だ」
「で、めぇぇええ!」





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