畜生畜生畜生畜生畜生畜生、人間がァァァァ!!!




爛れた頬を押さえて、俺は牙を剥きだした。
人間の形を無理に装わなければ、この程度の傷はすぐに回復する。
伸びた鋭い爪で座っていた長いすを切り裂き、苛立ちを吐き出すように咆哮した。
ああ、本当にこの野郎。
何もしてないのにいきなり攻撃してくるとか、これ迫害の域だからな!
俺は悪魔の人権を主張するぞ!

「この程度の聖水じゃものともしねえか。随分と大物引き当てちまったなあ」
「ちょっ、待てよ、何で戦闘態勢なんだよ!?」

藤本はハハハと爽やかに笑う。
袖から拳銃を滑らせて出していなければ、俺もつられて笑っていただろう。

「先週敷いたばっかりの悪魔除けの結界がなあ、壊れちまったんだよ。
 よっぽど力の強い悪魔じゃなきゃそんなこたあできねえんだよ。何しに来たんだお前?」
「だから、妹の悪魔払いを頼みに来たに、決まってるだろう。がっ!」

容赦なく打ち込まれる弾丸の嵐を避けながら、必死に訴える。
いっそのこと攻撃に回って拳銃を取り上げたいのだが、
そんなことをすれば話しあいは二度とできなくなってしまう。
敵対することなくずっと逃げ回る俺を見ていた藤本は、弾切れした拳銃に再び装填しながら声をかけた。

「………本当か?」
「本当に、本当だ」
「家族はお前の正体を知っているのか?」
「知らねえから教会にまで来てカウンセリング受けてんだろうが!」

俺が逆ギレすると、藤本は呆れたように息を吐いた。
悪魔が、悪魔祓いのために教会を訪れたという話がにわかに信じられないのかもしれない。
彼はしばし迷った末に、懐から縄を取り出した。
お前の服はどうなってるんだ、四次元ポケットか。

「おまえが大人しく拘束されて取り調べを受けるなら、
 雪男にも家族にも何も言わないでいてやろう」
「え、まじ?」
「まあ、雪男の友達だしなあ」

お前だって雪男に悪魔だとは知られたくないんだろう?と尋ねられて、俺は何度も頷いた。
雪男に「この悪魔め」なんて言われながら拳銃を向けられたら、泣いてしまうかもしれない。
知られないままでいられるのなら、それに越したことはないだろう。
俺は素直に両手を差し出した。
藤本は手際よく縄を巻き、きつく縛る。
魔封じの縄だと説明されて、ああ、どうりで痛いわけだなあと納得する。

「それにしても、お前、あれだなあ」
「何だよ」
「馬鹿だろ」

腹を思い切り蹴りあげられ、声も出せずに床に倒れた。
両手を縛られているので禄に受け身もとれず背中を打つ。
藤本は俺の首を踏みつけ、見下すように顔を歪めていた。
……でも若干楽しそうでもあるぞこの野郎。

「どうして敵の言うことなんて信じるかね」
「騙したな卑怯者! 鬼畜! 悪魔!!」
「悪魔はお前だろう」

藤本はごりごりと喉を踏みにじりながら、ポケットから瓶を出した。
透明な液体。今までの展開上、嫌な想像しかできない。

「お察しの通り、聖水だ。さっきの比じゃねえ高濃度、お前も無事じゃあ済まねえぞ」
「はっ、俺は聖水程度で祓われたりはしねえ」

祓われはしないだろうが、まあ、人間の姿は完全に保てなくなるだろう。
痛みに理性をなくして暴れるかもしれない。
もうこの町にいられなくなるだろうなあ。指名手配とか、されそうだ。

「そうかもな。お前ほどの悪魔だ、さぞ立派な名前があるんだろう?」
「言わないよーだ、そこから属性を探って対策練る気だろう」

祓われたことがないので俺も自分の弱点は知らないが、相手はプロだからな。
舌を出してあっかんべーをすると、藤本はポケットからまた何かを出した。
真っ黒の携帯。藤本は短縮ボタンを押して耳に当て、
この場の緊迫感に似合わぬほど突き抜けに脳天気な声を作った。

「あ、雪男くーん?あのねー、今すっごい面白い状況になってんだけどお。
 実はさ、お前の友達の君ってー」
「うわーーん、言います、言います!!」
「で?」

藤本は雪男の反応なぞ気にもせず携帯を閉じた。
まじやだ、この人怖い。並の悪魔より怖い。

「腐の王アスタロトです」
「八候王、の眷属?」
「いあ、だから、アスタロトです」
「本人?」

頷くと、藤本は頭痛をこらえるように頭を押さえた。
その動作が雪男にちょっぴり似ていて、似たもの親子だなーと感慨深く思う。
しかし、そう呑気に思えたのは一瞬。
藤本の踏みつける足が急に強くなった。お前、それ生き物を踏みつける力加減じゃねえぞ。

「お前さんさ、何でここ来たの? 妹にとりついている下級悪魔ぐらい、何とでもできるだろう」
「力を使ったら祓魔師にバレるじゃないか」
「まあ、使わなくても今現在バレたけどな」

俺は地面に張り付いたまままっすぐに藤本を見上げた。
誤魔化しもきかない以上、後は真摯に頼み込むしか方法がなかった。

「頼む。祓わないでくれ。俺は虚無界に還りたくないんだ」
「てめえは八候王のアスタロトだろう? 何を嫌がる理由がある、王様がさあ」
「お前、王様は全然楽じゃないんだからな! 串刺し趣味のお父上のご機嫌へーこらしなきゃいけねえし、
 機嫌が悪いとぶすぶす刺されるし、機嫌がよくても刺されるし!!」

正直、藤本に首踏みつけられたってへっちゃらだ、サタンの串刺しに比べたら。

「あー、その、ええと、父上って、サタンのことか?」
「そうだよ! お前等祓魔師がしっかり退治してくれねえから、
 俺が虚無界から逃げてきてんだよ馬鹿!! 早く何とかしてサタンの野郎倒せよ!」

涙目に訴える俺が哀れに思えたのか、藤本はとうとう足をどかした。

「お前さ、本当に馬鹿なんだな」
「な、何だよ」

藤本は、胸の正十字騎士団の証であるペンダントを握りしめながら、苦笑した。

「そんなこと言っちまったら、虚無界に逃げ帰ってもタダじゃすまねえだろ」
「帰らなきゃいいんだよ」
「こっちで、無事に今まで通り生きられると思ってるのか?」

正十字騎士団は、それほど甘い組織ではないのだ。
藤本は指を折りながら分かりやすく今後の俺の将来を説明してくれた。

「まずは、本部に拘束。監禁だな。それから尋問フルコース、
 お前みたいに知性と言語を介す悪魔っつうのは数が少ねぇから歓迎されるぞ」
「それ、「あと八候王の一人っつうのも、でかい。普通じゃ得られない虚無界の情報を持ってるんだからな」
「待t「で、あらかた情報を吐きださせたら、首輪でもつけて子飼いにするか。
 心臓を抜き出して強力な呪術具でも生成するか、まあ、骨も残らないと思え」

お前らそれでも人間かと、尋ねたい。
悪魔の悪趣味な、残虐な嗜好を否定はしねえが。お前らも大概だぞ。
こんないたいけな麗しい少年を捕まえて拷問とか、心臓取るとか、引くわ。
そして何よりもむかつくのは、散々俺のバッドエンドを語った挙句に、
騎士団のペンダントを揺ら揺らと目の前で翳す藤本だ。

「いやあ、お前もう、虚無界に戻ったらやばいよな、お気の毒に。物質界にも居場所ねえけど、ハハ」
「…………………見逃して下さい、何でもしますからー」

そういう言葉を言わせたかったんだろ?
藤本はにやにやと悪辣な笑みを浮かべている。
こいつ、前世は悪魔だったんじゃねえかな。

「俺の使い魔になるなら、しばらく報告はしないでおいてやるよ」

悪魔を踏みつけることにも、支配することにも抵抗が無い。

「………外道」
「ああん? 騎士団本部に今すぐ報告してやろうか?」
「いいえ、喜んで使われますよう藤本様ー」






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