池袋のちょっとした名物――いや、有名人である平和島静雄の交友関係は実のところ極端に狭い。
仕事上の必要な付き合いはトムが全て担っているため他の同僚や上司と話すことは滅多に無い。
一人暮らしを始めてからは両親や弟ともあまり連絡を取らなくなったし、
友人といえば新羅とセルティ、門田、サイモン……その他のカテゴリに折原臨也を含めても、
彼の知人友人は両手で数えるに足りてしまう。

静雄は自分が他者に怖がられていることをよく理解していた。
喫煙所に入れば先客がこそこそと逃げ出すことだって珍しくは無い。
先輩のトムは「広くなって気持ちがいい」と笑ってくれるが、
静雄はそこまで自分を納得させることはできなかった。理解と納得は別ものである。

まだ火をつけたばかりであるのに、静雄がやって来ると慌てて煙草をもみ消して去っていく奴等を見るたびに、
彼は血が沸騰するような苛立ちに全身を支配されるのだ。

うぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇ
うぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇ!!!!!
吸えばいいじゃねぇか遠慮しねえでよぉー! そうあからさまだと俺もいい気分にはなんねえんだよ。
大体なんだ、人が入ってきた瞬間に「げ、平和島」ってのは。
出会い頭に殴られると思ってんのか、俺は怪獣かなんかか、ああっ!!?


イライラする→煙草を吸う→さらにイライラする→煙草を吸う………

この終わりの無い連鎖を食い止めるために、静雄がとった行動は至ってシンプルだった。
人のいない場所で煙草を吸おう、と。

取立てで何度か通りすぎたことのある郊外の小さな駐車場。
そこにベンチと灰皿があるのに気づいて以来、静雄はちょくちょくその場所を利用するようになった。
うざったい視線も気配も無い。
屋根が無いため悠々と空を見上げながら静かに煙草を吸えるそのスペースを、静雄は密やかに気に入っていた。



その日も、静雄は仕事の前に一服しようと駐車場に足を向けた。

先客に顔だけ見知っている青年が座っていたが、彼は自分を全く知らないようで怯えも、興味すらも抱く素振りはない。
狭いベンチで当たり前のように空けられた一人分の隙間に腰を下ろしポケットを弄る。

携帯、財布、煙草……………いつも右のポケットにねじ込んでいるライターだけが見当たらない。

無いとわかっていてもひっくり返して確認するが、やはりない。
そういえば、昨日トムに貸したっきりであった。声にならない呻きがあがる。
最悪だ。ここまで来てお預けをくらわされるなんて、今日はなんと運がないのだろう。

「火、どうぞ」

近所にコンビニがあっただろうかと考えるよりも先に、今まで一言も会話をしたことのない青年が話しかけてきた。
その手には安物のプラスチックライターが握られている。

(そういえば。こいつは俺のことなんてちっとも知らないんだった)

顔は見知っているとはいえ、この青年から火を借りようなどと静雄は全く考えてもいなかった。
彼が話しかけたり物を頼むと、どうしても恫喝にとられてしまうのだ。
平和を愛する静雄は極力面倒な事態は避けるようにしている。

「あ、ありがとう」

人からの善意に全く慣れていないのでおっかなびっくりライターを受け取ると、
青年は煙草を口に咥えたまま「好きに使ってくれて構わない」と言葉を付け足した。


その日の会話はそこで途切れた。
どちらも互いに雄弁ではなく、続ける言葉も見つけられなかったからだ。
たったそれだけの日常の一コマ。
人間で渦巻く池袋という街にすぐに飲み込まれ、
誰にも何の影響も与えないであろう大したことのないちんけな一幕。



けれど……彼らの関係はほんの少しばかり変化を残した。
再びこの場所でかち合ったとき、彼らは会釈をせず―――


「よお」
「ども」


―――代わりに、片手を軽く挙げるようになった。



静雄の両手で足りる交遊録に、彼の名前が挙がる日も近い。





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