(忠之進! 忠之進!)

遠藤忠之進は十九という若輩にありながら、
徹底した実力主義の瓜子忍者隊において指揮役補佐の地位についた有能な青年である。
屋根のある場所で明日をも過ごせるかわからぬたち兄弟の保護を申し出たのが忠之進であったことを、
その忠之進がどんな人柄であるかを、
は忍者隊の様々な口から様々な言葉でよく言い聞かされていた。

(伝えたいことがやまほどあるんだ、)

たちと同じ年の頃にやって来た拾われっ子。
生意気でいけ好かない、碌な奴じゃない。

忍者隊の言葉はいつも忠之進を貶めるようなものばかりだった。
自分たちよりもずっと年若く出世を続ける忠之進が邪魔なのだ。
だから、忠之進が世話を焼いているたちも嫌いでしょうがない。
いつ排除されるかもわからぬほど、彼らの敵意は明確だ。

だから、敵の敷地にわざわざと会うためだけに来るような忍者はいない。
忠之進以外は、決してありえないのだ。



ありえない、はずだった。





が息咳ききって学園の正門にたどり着くと、そこには土井が厳めしい顔で立っていた。
扉を閉めたまま、声を大きくして外の誰かと会話していた。

「だから、今は試験期間中なので部外者の立ち入りは禁止しているんです!」
「俺が部外者だっていうのか!!!!保護者だぞ!!」


嫌になるほど聞き慣れた恫喝の声。
はひたりと走る足を止めた。動かなかった。
その気配を土井が嗅ぎ取った。
顔だけをこちらに向けたが、その表情は、「しまった」と如実に語っている。

「おい、どうした! ……か、いるんだな、!?」

今まで押し問答を繰り返した土井が黙ったことに、
真新しい気配が増えたことに、向こう側も素早く気づいた。
当たり前だ、あちらは、現役のプロ忍者なのだから。

答えろ。いることはわかっているんだ!!」

恐ろしげな、いつも暴力が付随した威圧的な命令。
困惑の眼差しで見上げた土井の顔は、苦々しげに眉を寄せている。

小松田は、ヘムヘムは夏葉の保護者の相手をしていると言っていた。
だがヘムヘムは土井にだけ話を伝え、
そして土井も、自分の心の内に全てを留めた。秘密にした。

は土井の行動に驚いた。
保護者の訪問を隠すことで、 土井はこの学園にを閉じこめようとしたのだ。

は自分が驚いたことに困惑した。
騙されるのも裏切られるのも日常茶飯事なのに。
心のどこかで、は土井と普通の教師生徒のような温い関係を築こうとしていたのだ。

「い、ます」

外へと繋がる声は酷く掠れていた。







扉が開けられると、男は太い腕で力強くを抱きしめた。
頭上から会いたかっただの、心配しただのと心にもない言葉が降り注いだが
にはあまり聞こえていなかった。ただただ締め付けられた体が痛かった。

「それでは、一泊の外出許可をもらえるんだな」
「ちょっと待ってください!それとこれとは話は別ですよ」
「俺の母ちゃんの葬式に出るのも許されないのか忍者の学校は!!ずいぶん冷てえんじゃねえか先生!!?」
「だからっ、それは……!」

土井が苦々しく言葉を飲み込んだ。どうあっても分が悪い。
保護者が家の都合で生徒を迎えにきて、それを公的に拒否する権利など学園には全くないのだ。
はそんな二人の忍者のやり取りをじいっと眺めていた。

あまりに、居心地が良過ぎたのだこの学園は。
先生は優しい。物覚えの悪いを殴ることも、酷い言葉で罵ることもしない。
けれど、は楽しく勉強をするために学園へきたわけじゃないのだ。
兄がどうして死んだのか。誰に殺されたのか。どのように命を落としたのか。
その全てを知りたくて、ここへ来た。

「先生、外に出して下さい」

口に出した声は、自分が思っていたよりもずっと冷たく強い語調になっていた。
隠し事をされたから信用できないとかそんな被害者面はしない。
は自分の意志で、自分の目的のために土井を拒絶した。



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