実のところ久々知兵助は、不破雷蔵から時期外れの編入生の話を
嫌というほど聞かされていたので、こうして出会った時もすぐさま彼がそうなのだと察していた。

「一年は組に編入した、です」
「ああ、君が編入生の一年か。俺は五年い組の久々知兵助だ」

話の通り、用心深い子供だ。
久々知が話しかけた時、は忙しなく瞬きをしながら視線を四方に巡らせる。
そうすることで逃走経路を常に確保しているのだと、久々知は知っていた。

(本当に、似ているものだ)

同じような仕草をしていた忍たまが、脳裏に浮かんだ。


「迷っているなら、案内してあげるよ」
「いえ、そんな、大丈夫です」

は苦笑しながら頭を掻いたが、久々知は決して社交辞令にするつもりはなかった。
忍術学園は広い。そしてこの煙硝蔵は長屋や校庭からは少し離れた場所にある。
彼が本当に方向音痴なら、知っている場所にたどり着くまでもうしばらく時間がかかるだろう。

「遠慮するな。タカ丸さんが来たら、案内させるよ」

今日は火薬の在庫確認当番なので、委員の一人はここに留まっていなければならない。
そして、久々知は何となく斉藤タカ丸を煙硝蔵で一人にはさせたくなかった。

「タカ丸?」

は驚いたように顔を上げた。

「ああ、俺と同じ火薬委員で、今煙硝蔵の鍵を取りに行ってるんだ。
 そいつが来るまで少し話をしないか」
「はあ」

案内はいらないのにと不満が顔にありありと書かれていたが久々知は知らんふりで
火薬庫から少し離れた木陰に腰を下ろした。
手招きされたも、戸惑いながらその隣に座る。

「今日も暑いな」
「そうですね」

一年生たちは校庭で楽しげに水鉄砲に興じていたが、
久々知は委員会の当番がなければ風通しの良い長屋にずっと引きこもりたいぐらいだ。
大人しそうなも、どちらかといえばこんな暑い日は外遊びよりも室内に籠りそうなものだが。

「そういえば、どこに行くつもりだったんだ」
「えっと、その……図書室です」
「勉強熱心なのはいいことだ。もうすぐ試験だものな」

試験という言葉に、は指を忙しなく動かしながら顔を逸らした。
自信がないのだろう。
久々知は(流石一年は組だ)と思ったが、口に出すほど愚かではなかった。

「勉強、見てあげようか?」
「大丈夫です。不破先輩も、助けてくれてます」

不破め、ちゃっかりいいポジションに収まっていたようだ。

「そっか……」

遠慮がちに感謝の言葉を述べるを見ながら、久々知は目を細めた。
昔、自分たちが何もしてやることのできなかったあの子が、目の前にいる錯覚。

鉢屋が嫌われるほど構うのも、不破が何かと世話を焼きたがる気持ちもよくわかる。
竹谷も尾浜も、に会えばきっと同じようなことをするに違いない。
自分だって、そうだ。

「いいかこれだけは覚えておいてくれ。困ったことがあったら俺は何でも相談にのるからな」
「え、はい」

気押される夏葉に力強く頷く。
丁度話が途切れたところで、タカ丸が鍵を持って走ってくるのが見えた。
遠目からでもあの金髪があれば、わかりやすいことこの上ない。
相変わらずいつ見ても、派手派手しい容姿だ。

「はい、兵助くん。鍵もらってきたよ」
「御苦労さま。タカ丸、当番の前にあの子を図書館まで案内してやってくれ。迷子なんだ」

木陰に座ったままのは、タカ丸を見て口をあんぐりと開いて呆けていた。
彼もど派手な金髪が珍しいのだろうと、久々知は勝手に推測したが
その予想に反して、タカ丸も呆けたに気付くと驚きの声を上げた。

「あ、君は」

言い終わる間もなかった。
は、崩していた足を慌てて正座の形に直し、額が地面にめり込む勢いで土下座した。

「すみませんっ、でしたあああ!!!!」








タカ丸は混乱していた。
どうして、このような状況になったか、全く理解できなかったからだ。
自分はただ、いつもと変わらず火薬委員の仕事をしに来ただけなのに。

目の前には先日世話を焼いた少年が土下座し、
そして先輩は底冷えするような目でタカ丸を蔑んでいた。
誤解だと必死に弁解したかったが、一体何がどう誤解されているかも、彼には把握しきれていなかった。

「きみ、その、顔を上げて立ってくれないかな。謝られる覚えがないんだけど」
「いいえ、そんなことありません。俺、タカ丸さんにお世話になったのにお金払ってないです!」
「お金って、そんなのいらないよ」

あれはただ、ほっとけなかっただけなのだ。
別にお金を取る気もなかったし、タカ丸だって外をうろつく子ども全てにそういう親切をするわけではない。
言ってしまえばただの気紛れのようなもので、が何かを気にする必要は全くないのに。

「そういうわけには、いきません。タカ丸さんだって、商売なんですから……」
「え?」

土下座したまま、がおそるおそるタカ丸を見上げる。
言いずらそうにもごもごと口を動かした後、意を決したように彼は答えた。

「その、一緒にお布団で寝ると、お金いっぱい払わなきゃいけないって、聞いています」

瞬間、久々知が全速力でに駆け寄り、庇うように抱きしめた。
タカ丸が竦むほど恐ろしい顔で睨まれる。

「お前、こんな年端もいかぬ幼い子になんてことを……」
「誤解だよ!!! 無いから、うちに限ってそれだけは無いから!」

だが、心の奥底でタカ丸は納得した。
父に「お金がないから」と言い残して走って逃げたのは、そういう訳があったのだろう。
タカ丸は深くため息をついて、の目の前で膝をついた。
彼の顔の怪我はすっかり良くなっていたのがわかり、ひとまず安堵の笑みを浮かべる。

「あのね。前にも言ったけど僕の家は髪結いだから、そんなことでお金はとらないんだよ」
「……お世話になったのは本当です。だけど、お礼に支払えるお金も物も無くて」

律儀なものだ。
タカ丸はの頑固さを思い知り、困ったように頬を掻いた。
誤解の解けた久々知に助けを求める視線を送ったが、
彼は見事にそれを無視して、一人火薬の在庫確認を始めに行ってしまった。

「ああ、そうだ」

タカ丸は己の妙案にポンと手を打った。

「火薬委員会に入って、仕事を手伝ってくれない?」
「火薬委員?」
「そう。今は僕を入れて四人がいるんだけど、他の委員会に比べて人出が少ないんだ。
 君が入ってくれたら、すごーく助かるんだよね」

どうかな、と首を傾げる。
はじっと地面を見下ろしてしばし黙ったが、小さく頷いた。

「わかりました。お手伝いします」
「やったー!」

久々知に知らさなければ、と勢いよく立ちあがったタカ丸に対し、
はもう一度頭を垂れた。

「だからお金は勘弁してください」
「……もう、わかったからさ、間違っても他の人にその話をしないでほしいな」




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