は一つ何かに集中してしまうと、その他の事をすとんと置き去りにしてしまうきらいがある。
粗忽というにも度のすぎる性格は
兄の道孝にも何度も注意されてきたが、ついぞ直すことはできなかった。

実際、忍術学園に編入してからもこの性格は何度も災いした。
兄のことをさぐるのに必死でスパイの任務をすっかり忘れていたり、
勉強についていくのに必死でスパイの任務をすっかり忘れていたり。
だから、瓜子城の忍者に恫喝されやっと本来の目的を思い出したほどのが、
これまた優先度の低い何かを忘れてしまっていても、仕方ないと言えば、仕方なかった。


その知らせは、昼過ぎまでの授業を眠気と格闘しながらやっとやり過ごした後のことだった。
待ちかねた授業終了の鐘が鳴り、土井は教科書から顔を上げた。

「今日の授業はここまで。明日はいよいよ学期試験だ、今日の復習を怠らないように」

今日も学園の地図づくりに勤しもうとしていたは、その言葉にぴしりと体を固めた。
『ガッキシケン』
それが近い内に実施されることを知っていたのに、
は瓜子城の任務を前に「勉強は明日でいいや」と放り投げていた。
放り投げるうちに忘れてさえいた―――その試験が明日?

何かの間違いじゃないだろうか。いや間違いに違いない。
同意を求めようと同級生たちに視線を向けると、団蔵と目があった。
彼はの顔に浮かぶ不安を読み取り、力強く頷いた。

「おい。これからみんなで勉強会をするんだけど、一緒にやろうぜ」
「……そっか」

儚い希望は潰え、力無く肩を落とした。
本当にすっかりさっぱり忘れていた。しかし、落ち込んでいる時間もない。
もう一度覚悟を決め直し、は頼もしい赤点仲間にはっきりと言い放った。

「いやだ」
「……え、何で?」

断られることなぞ欠片も考えてなかった団蔵は、不思議そうに首を傾げる。
周囲の同級生たちも、てっきりも勉強会に参加するだろうと思っていたらしく、
驚いたような視線が集まる。

「集中するなら一人の方がいいんだ」
「えー、絶対みんなでやった方が「ごめん」

明るく応えようとした団蔵の言葉を、は無表情に遮った。
その誘いが勉強でなかったとしても夏葉は全て断る気でいたから、団蔵が何を言っても無意味なのだ。
周囲をぐるりと見渡し、いつか伝えるつもりでいた言葉を、全員に聞こえる声で言い放った。

「うるさいの、嫌いなんだ」

それは、根本から一年は組を否定する言葉。
団蔵の顔色がさっと変わった。
その顔に悲しみや怒りの感情が浮かぶ前に、は素早く立ち上がる。

……」

誰もが黙り込んだ静けさの中で、喜三太が呼び掛けにもならぬほど弱々しい声で名を呟いた。
きっと悲しげな顔をしているのだろうが、は視線もやらずにその横を通り過ぎた。

教室を出て、戸をぴしゃりと閉める。
硬直していたは組の声が再び聞こえ始めた。
はざわめきに構わず背を向けて静かに歩き出す。

「なんか、感じ悪いねー」

聞こえてしまった誰かの呟きに耳を塞ぎ、堪えるようにきつく唇を噛みしめた。



(どこに行こうかな……)

何の目的もなく歩き出してしまったが、あんなことがあった以上長屋に戻ることはできなかった。
は僅かに迷った後、図書室に足を向けた。
今の時期混んではいるだろうが、あそこなら勉強できないということはあるまい。
それに、

「おや、。どこに行くんだい?」
「あ、不破先輩」

もしかしたら、また会えるかもしれないと思っていた人が目の前を通り過ぎた。
不破は手ぶらであったが、が忍たまの友を両腕で抱えているのを見て、尋ねた。

「君も試験勉強?」
「はい」

はかっと耳を赤く染めた.
不破だって同じ忍たまなのだから、明日から学期試験があるのだ。
それなのに自分の勉強を見てもらえたら、なんて、都合のいいことを考えていた自分が恥ずかしくなる。
しかし不破はの考えなんて知る由もなく柔らかに微笑んだ。

「それなら一緒に勉強しようか.また教えてあげるよ」
「いいんですかッ!?」

勢いよく顔を上げると、不破は笑いを噛みしめるようにして頷いた。

「最近図書室に来なかっただろう? ちょっと心配してたんだ」




図書室は混んでいるから、空いている部屋で勉強しよう。
そう言って不破が連れて行った先は、職員室の傍を抜け、階段を上った小さな部屋だった。
机と、隅に幾つかの帳簿が重ねられているだけで何もない板張りの部屋。
何に使われている部屋なのか、と夏葉が尋ねると、不破は窓を開けながら答えた。

「一応、名義は火薬委員会所有の部屋なんだよ。滅多に使われないけどね」
「勝手に使っていいんですか」

は火薬委員じゃないか、と不破は不思議そうに首をかしげた。
そういう問題でいいのだろうかとも首を傾けたが、先輩がいいと言うならいいのだろう。
忍たまの友を広げるの横に、不破が腰を下ろした。

「それで、どこがわからないんだい」
「全部です」
「…………どこがわからないんだい」
「全部です」
「忍者文字ぐらいは」

は悲しげに首を振った。
うろ覚えだった平仮名を克服するのに時間をかけ過ぎたため、
漢字まで手が回らなかったのだ。

「同級生と勉強会とかしなかったのかい」
「………それは」

酷い態度で断って来たばかりだ。
は苦しげな表情で俯いた。一言、ごめんと謝れば済む問題である。
けれど、彼らに歩み寄らないと決めたのは意地ではなく、覚悟だ。

「無理です」

の固い声音に、不破は右手で顔を覆い隠したまま天井を見上げた。
こちらも覚悟を決めるような悲壮感が漂っているのは、気のせいだろう。
深く息を吐き、不破はを見た。

「乗りかかった船だ、頑張ろう」
「はい」





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