遠くでヘムヘムの終業の鐘が鳴った。

「………やめ。試験終了だ。各自後ろから解答用紙を回しなさい」

あーあ、と教室中から悲嘆の声があがる。
回ってきた解答用紙を一瞬眺め、不破も自分のものを重ねて前の席に回した。

(まあまあできたかな)

しっかり試験勉強も準備していたし、ひねった問題も出なかった。
ヤマが当たったもの、外れたもの、悲喜交々の同級生たちをすり抜けて竹谷が不破に近づいた。

「おーい雷蔵。昼飯食べにいかねえか」
「うん、行こう」

不破雷蔵は筆記用具を片づけながら頷いた。
試験前日に泣きつくほど試験に慌てていた竹谷の顔は憑き物が落ちたようにさっぱりしている。
どうやら、彼も赤点は免れる手ごたえだったようだ。

「鉢屋は?」
「またふらっといなくなったよ」

竹谷は肩をすくめて、友人の不可解な行動に呆れた。
不破と違ってそこまでつるむ仲ではないけれど、
最近の鉢屋のそっけなさは竹谷にもわかるほど少々おかしい。

「あいつ、最近おかしくねえ?」
「そういうこともあるさ」

鉢屋の大親友にそう言い切られては、結局竹谷も鉢屋の行動をそれ以上追求することはできなかった。
話題を変え、移動しながら先程の試験の答え合わせをする。
教室を出て食堂に近づくと食欲を刺激するカレーの匂いが漂ってきた。

「今日はカレーだね」
「お、迷い癖のある雷蔵が即決した」

竹谷が面白そうにからかう。
そりゃあ、迷う余地も無いだろうと苦笑しながら食堂の入口を潜れば、
同じく試験開けの下級生たちでごったがえしていた。
既に盛りつけされているカレー皿を受け取って、不破たちは一番奥の卓に座る。
ほとんどの卓が一年生で埋まっていたが、ここは何故か一人しか座っていなかったのだ。

くん。前、失礼するよ」
「はい」

見知った顔、一年は組のだった。
小さい体に不釣り合いの山盛りカレーを、黙々と猛スピードで食べている。
竹谷が「誰だ?」と目で尋ねたので、不破は答えた。

「先月編入した一年は組のくんだよ。
 ええと、確か兵助の火薬委員会に入ったんだよね」
「はい。よろしくお願いします」
「そうか。俺は五年ろ組、生物委員の竹谷八左ヱ門。よろしくな」

は小さく会釈して、再び食事にとりかかる。見事な食べっぷりだ。
不破たちが不躾に眺めるのも気にせずぺろりと完食すると、は不破をじっと見返した。
しばし何かを言おうとしては口を閉じ、開けてはまた噤みを繰り返した後、覚悟を決めたように声を掛けた。

「俺。今回の試験、解答欄間違えちゃって、赤点なんです」
「そうなの? 残念だったね」
「でも不破先輩が昨日手伝ってくれたので、補習は何とかなりそうです。
 解答ミスしなければ50点は越えてたって、先生もおっしゃってました」

は深々と不破に頭を下げた。

「不破先輩がいつも勉強見てくれたおかげです、ありがとうございました。
 あの、今度お礼させてくださいね」
「気にしなくていいよ。補習も頑張ってね」
「はい」

不破が柔らかく微笑むと、も明るく頷いた。
空いた食器を片づける足取りも軽い。
一年の編入生が超のつくほど頭が悪いと、何かの噂で聞いたことがある。
ミスで赤点になったとはいえ、50点とれたことがよほど嬉しかったのだろう。

「なあ雷蔵」

隣で静かにカレーをつついていた竹谷が話しかけた。
が食堂を出たことを確認し、更に声を落とす。

「おまえ、昨日あの一年に勉強教えてたの?」

不破はカレーをルー側から食べるか、米側から食べるか迷い迷いにスプーンを動かしながら、
同じく誰にも聞こえぬように静かな声で答えた。

「昨日は夜まで竹谷につきっきりで勉強教えたじゃないか」
「うん、そうだよな。不破が二人いるのかと思った」
「まあ端から見たら、二人いるようなものかもね」
「素直な方と素直じゃない方な」

笑う竹谷に頷きながら、不破は静かに米を掬って口に入れた。
律儀そうなは、もしかしたら本当に自分にお礼を持ってくるかもしれない。
そうなったら自分は何て言おうか。次は素直に打ち明けてしまおうか。


(僕、君の勉強の面倒なんて一回も見たことないんだけどな)




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