『ナンパ』というものに遭遇したことはないが、意味合いぐらいは知っている。
街中で気になる異性に声をかけ、楽しい出会いを求める行為だ。
異性を気にする、という感覚はにはまだよくわからないが
そういうものなのだという知識はある。

「はい、あーん」

だから、伝子さんが半ば無理やりに自分たちと相席したのは
忠之進へのナンパなのだと信じて疑わなかったわけだが。
どういうわけか。彼女が差し出した団子は、へと向けられていた。

「あの、そんなにいらないです」
「なーに言ってんの!お姉さんの奢りだからたんと食べなさいな、ね?」

最初は、確かに忠之進へのあからさまな好意が見え隠れしていたはずなのに。
気づけば伝子さんはにばかり構う。構い倒す。これで三本目だ。

「あなた、痩せすぎで見てられないのよ。ちゃんと食べてる?
 遠慮なんてしなくていいんだからね」

これでも太ったのだ。あと、自分は小食ではない。決して。
有無を言わせぬ圧力に負け、はぱくりと団子を頬張った。
自分で食べられる、という当たり前の主張は全く受け入れてもらえなかった。

「あら、もう無くなったのね。もう一皿「いらないです!」

やっと伝子さんの頼んだ茶菓子が無くなり
ほっと息をつくのも束の間。隣に座る忠之進が肩をつついた。

「何……お兄ちゃん」
「ん」

突きつけられる団子。忠之進、お前もか。
お腹一杯なのだと首を振ると、目に見えていじけている。
そんな性格ではないのだが、伝子さんがを甘やかすのを見て何かを掻きたてられたらしい。
そんな二人の様子を見て、伝子さんは(どこから出しているのか)コロコロと鈴が鳴るように笑った。

「仲の良い兄妹なのねえ」
「ええ、この子は大切な家族です」

家族、という言葉には頬が熱くなった。
忠之進は、普段は決してそういう言葉を口にしない。
瓜子でそんなことを言えば、『忠之進がまたガキを甘やかした』と詰られるのが目に見えているからだ。

「……そんなに大切なら、もっとこの子に目をかけてあげなさいよ。
 会ったばかりの私が言うのも変だけど、見ていて危なっかしいわ。お姉さんすごく心配」 
「お恥ずかしい限りですが、私も何分仕事が忙しくて」
「家族を放って仕事ばっかりしている男は嫌われるわよ」

うちの息子もこの子ぐらいの年の頃は素直に懐いて可愛かったんだけど、
今じゃ父親に向かって「父上、また仕事ですか!たまには家帰れ!」ってね。

しみじみと実感のこもった伝子さんの言葉に、忠之進も「そうですね」と重々しく相槌を打った。

何だか、子どもの自分がいづらい雰囲気になってきた。
このままいくと、忠之進はの幼い頃の嬉し恥ずかし話を大暴露しかねない。
そんな親同士の井戸端な空気を感じとり、は立ち上がった。

「そ、そろそろバイトに戻らないと、だから……えっと、もう、失礼します」
「あら、もっといてくれていいのよ。おまんじゅうは食べない?」
「大丈夫です。お団子、ありがとうございました!」

これ以上構われてたまるかと勢い良くお辞儀すると、
忠之進が懐から財布を出して、小銭をに差し出した。

「伝子さんの分も、お店の娘さんに払っておいてくれ」
「そんな、私の分はいいのよ。勝手に注文したんだから」
「いえ、こんな素敵な女性に払わせるのは申し訳ないですから、奢らせてください」

あらやだ男前じゃない、と忠之進の肩がバシンといい音で叩かれた。痛そうだ。
は二人からそそくさと離れ、店先でお茶を沸かしていた女性に話しかけた。

「あの、奥の席のお会計をお願いします」

つり目がちの若い女性は、奥の席をちらりと見て、微かに笑いながら金額を教えてくれた。
その額は、思ったよりもずっと、安かった。

「安すぎませんか。あの女の人のも入れて、三人分です」
「んふ、瓜子割引だからね」

間違ってないよ、君。と娘は悪戯っぽく囁いた。
驚きの声を上げそうになるの口が、彼女の右手でそっと塞がれる。

君みたいに潜入の任務をしている人と、瓜子を繋ぐ仲介役なのよ、私は。
 今日は……時機が悪いね、今度詳しく話してあげるからまたおいで。お団子、御馳走するよ」

それは、つまり、同じく忍術学園に潜入していた兄の仲介役もしていたのではないだろうか。
がそのことを尋ねようと口をあけるも、彼女は大声で遮った。

「はい、丁度いただきます。ありがとうございましたー、また来てください!」

今日はもう帰れ、と目が語っている。
はぐっと言葉を飲み込んだ。伝子さんも、忠之進もまだ中にいるので滅多なことはできない。

「おいしかったです。また来ます」
「はい、お待ちしておりまーす」

素直に店を出て、はふらふらと町の通りを歩いた。
短い時間に、色んなことがありすぎた。
忠之進に会って。伝子さんに構われて。瓜子のお姉さんと約束して。

「おーい、ー!」

そうだ、あと、花房牧之介にも絡まれたのだ。

「おーいってば、!」

忠之進に会えたのは、嬉しかったけど。
でもとにかく疲れた。心が。すごく。
それもこれも、

「お前のせいだからな、きり丸ぅぅうう!!!」
「え、ちょ、何で怒ってんのよ!?」

まだバイトを無理に誘って女装させたのを怒っているのかと、
きり丸は引きつった笑いで宥めた。

「お団子完売か、、初めてなのに凄いじゃん。俺もさっき売り切ってさー。
 お腹空いてない? あそこの団子屋結構評判いいから、寄ってかね?」

きり丸は目に付いた店を指差した。
も険しい顔のままそちらを見る。そして、即答した。

「嫌だ」
「え、あ、何。今日は特別、きりちゃん奢っちゃうよ? 一皿だけど」

あそこには、まだ忠之進と伝子さんがいる。
はきり丸の両肩を強く掴み、真剣な表情で諭した。

「さっき、あの店にすごく怖そうなお姉さんが入ってったんだ。やめよう」
「見ただけで怖そうって、どんなだよ」

逆に見てみたいわ、と切り返すきり丸に、は考えるそぶりを見せる。
あまり語彙が豊富ではないに、あの伝子さんの凄まじい容色を形容するのは難しかった。
ただ、一言、的確に表すとしたら。

「山田先生を、そのまま女の人にしたらあんな感じになるんだと思う」
「…………………それは」

賢明なきり丸は、思ったことを最後までは言わなかった。
だって、おかしい。

自分たちは今日、学園を出るときに、外出許可証を当の山田先生から貰っているのだ。
気をつけて行って来いとか遅くなるなとか、そんなやり取りはしたが、
山田先生自身がどこかへ、しかも自分たちと同じ町に行くような素振りはなかった。
だから、多分、本当に他人の空似なんだろう。

「それは、すごい化け物を見ちゃったな」
「いや、そんなことは……」
「いやいや、山田先生を女にした感じって、相当やばいって」


幸いにして、大声で笑うきり丸に拳骨をくらわせる者はいなかった。








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