兄の夢を見た。

先日の自分たちのように、
兄は三年の同級生たちと楽しげにアルバイトをしていた。

同級生の中には神埼左門も混じっていて、
彼が見当違いの方向に飛び出そうとすれば他のみんなが止めて、
注意して、そして最後には笑いあっていた、
瓜子では誰かに見咎められぬよう決して声を立てず、
控えめな笑みを浮かべるだけだった兄が腹を抱えて笑うのだ。

「僕にはもう、こんな楽しい日々は訪れないのに」

打って変わって、血を吐くような声が響く。
同級生と笑っていたはずの兄は、いつの間にかこちらに視線を向けていた。
笑っていない。瓜子の忍者がを見下ろす時と同じ、冷たい目。

は僕が死んでも、楽しそうだね」

一年は組にすっかり馴染んじゃってさ。と兄の抑揚の無い声は、
の耳にするりと入り込み、心臓をじくじくと突刺した。

「そんなこと、ないよ」

は襟元を押さえ俯いた。分は弁えているつもりだ。
死ぬべきだったのは愚図な自分で
生きるべきだったのは優しくて優秀な兄。

「わかってるから」

友達なんて作らない。
一緒になって笑い転げたりなんてしない。
忍術学園の騒がしくも楽しい日常に流されたりなんてしない。

ちゃんと独りで……まずは兄の遣り残した仕事を終わらせる。
兄に手をかけた者に敵討ちする。
の胸には、この二つの目標だけがあればいい。

「ちゃんと、独りで、」

力の無い自分が全てをやり遂げられるなんて思っていない。
ただ、どこで力尽きる結果になったとしても、忠之進や一年は組を
決して巻き込まずに、兄の敵討ちはやり遂げる。

だから、そんな顔で見ないで欲しい。





!!!!」






肩を強く揺さぶられて、は忌々しげに目を覚ました。
外はまだ明るい。そういえば昼寝中だったと、寝ぼけた頭で思い出した。
夜の学園探索を続けているため、昼は眠くてしょうがないのだ。
無理やり起こした伊助を、煩わしげに見やる。

「何のようだよ……委員会?」
「違う、学園長先生の突然の思いつき!!下級生は今すぐ校庭に集合になったんだ」

突然の思いつきって、何だ。
の頭に無数の疑問符が沸いて出たが、行けばわかることだろう。
起き上がって、制服の汚れを払っていると、伊助が気まずそうに声をかけてきた。

「……
「まだ何か用があるの」
「日に日に魘され方が酷くなっているけれど、大丈夫?」

気遣わしげな伊助の表情を見て、ははっとして目元を拭った。







校庭に着いて、あたりを見回すと、
一年生から三年生までの下級生が既に殆ど集まっていた。
ここに、おそらく伊賀崎孫兵もいるだろう。少し探りをいれるぐらいはいいのではないか。

「ちょっと、。一年は組はこっちで集まってるよ!」

がふらりと三年生の制服の集団に紛れようとしたのを伊助が咎める。
寝起きに泣いていた一件もあって、今日の伊助はのおかんのような過保護っぷりだ。
腕を引っつかまれて強制的に一年は組の集団に連れて行かれたが、
を見た彼らはそれまでの和気藹々とした空気を引っ込め、何ともいえない静けさが広がった。
その中で、学級委員長の黒木庄左ヱ門だけが一歩踏み出しに声をかけた。

。君は学園長の突然の思いつきに付き合わされるのは初めてだね。
 思いつきの内容によって差はあるけれど、大体がオリエンテーション形式で
 チームやコンビを組んで課題をこなしていくことになるよ」

「勿論。一年は組みんなでチームを組むこともある」

誰かが、はっとしたように息を呑む音が聞こえた。
庄左ヱ門は生真面目な顔で続ける。

「みんな思うところはあるだろうけれど、課題に取り組み以上チームプレイは必須だよ。
 僕たちは忍者の卵なんだ、与えられた任務をこなすためにも仲良くするように」
「………わかってる」

そう言ってそっぽを向いたに、態度が悪いとは組の一部から文句が出たが、
学園長が壇上に上がったことでざわめきはぴたりと止まった。
下級生全員の視線を受けて、学園長はこほんと咳払いをした。

「えー、皆のもの。まずは学期試験ご苦労じゃった。
 だが試験を終えてそろそろ弛みが出てはおらんか?
 ………早く夏休みが来ないかなぁ、なんて思っておるだろう」

ぴくりと忍たまたちの何人かの肩が揺れた。

「しかーし! 忍者たるものいついかなる時も素早い行動が求められる!
 よって、今から、チーム対抗オリエンテーションを始めようと思う。
 チーム分けはこちらで決めてあるので、それに従うように」
「成績優秀者に、ご褒美は無いんっスかー!?」

きり丸が目を銭の形にして手を上げた。
隣の乱太郎が小突いて止めようとするのも意に介さず、不気味な笑い声まで漏らしている。

「勿論、学園に早く戻って来たチームには豪華な褒美を用意しておる!」

それは凄い、とは思わず顔を上げたが、周囲の面々の顔色は変わらない。
それどころか苦々しげだったり、呆れたような顔をする者もいる。
忍者たるもの、己の欲は隠さなければならないのだ。
はご褒美に釣られた自分が恥ずかしくなって、再び俯いた。

学園長の話が終わると教師陣が前に出ててきぱきと下級生を分けて行く。
教科担任の土井に集められた一年は組は三班に分けられ
は伊助、兵太夫、三治郎と同班で、
続けて呼ばれた乱きりしんもまとめて一つの班にされている。

伊助が手を上げて土井に尋ねた。

「庄左ヱ門がどこの班にも所属していませんが」
「学級委員はオリエンテーションの運営の方に回ってもらう」
「えー! 一年は組の頭脳、庄左ヱ門が不参加なのー!?」

一年は組の叫びは無視されて、班の代表者に紙が配られる。
伊助が受け取った紙を開くと学園近郊の地図が書かれていた。二つの×印がついている箇所がある。

「ここに行け、ってことだよね」
「ああ、多分」

大雑把な地図だが、近隣を野外マラソンしている忍たま達には土地勘で大体の場所はわかる。
一つは峠の三又の分かれ道。もう一つは裏裏山の街道に沿った町だ。

「まずお前たちは、裏山に記されているそれぞれのチェックポイントを通過して、
 暗号を受け取り、それを解いてもらう。解答のものを町で入手し、学園に戻ることが目的だ」

地図を受け取っていた伊助、乱太郎、団蔵がそれぞれの紙を付き合わせると、
町の場所は同じでも暗号を受け取る裏山の地点が違っていた。
クラスがまとまって行動しないための細工なのだろう。

「ほら、何をもたもたしている。学園長もおっしゃっていたが、忍者は素早く行動!
 他の下級生たちはとっくに学園を出て行ったぞ」

土井先生に一括されて、は組も慌てて忍術学園を飛び出した。
最初の分かれ道で、グループも別れ別れになる。
豪華なご褒美と聞いて最もやる気を出したきり丸がまず飛び出して行き
後に続く乱太郎としんべヱが「じゃあ、またね!」と駆けていった。
続いて団蔵たちのグループも抜けていったが、
去り際、金吾がじろりとを睨んだ。も睨み返す。

「お前に、みんなと協力なんかできるのか」
「余計なお世話だ」

間髪を入れずに喜三太が割って入った。

「はにゃ、喧嘩はよくないよ二人とも!」
「…………わかってる、行こうぜ」

同じチームの、団蔵と虎若は遠巻きにこちらを見ているだけで近づいては来ない。
あの二人も金吾に次いで、を良く思っていない面々だ。
喜三太が場を和ますように殊更明るい調子で「頑張ろうね!」と声を張り上げたが、
彼の細やかな気遣いは空回りに終わったまま、
空気の悪いは組はそれぞれの山道を進んでいくこととなった。






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